
税理士資格を取得後、多くの人は独立や会計事務所でのキャリアアップを目指します。しかし、弥生株式会社でプロダクト開発部のリーダーを務める税理士・槌野 彰(つちの あきら)氏は、20代で税理士資格を取得した後、あえてソフトウェアベンダーである同社への転職を選びました。
税理士としての専門知識をどのように活かしているのか。事業会社でマネジメントなどの新たな領域にどのように挑戦してきたのか。会計事務所から弥生へという異色のキャリアを歩んできた槌野氏に、税理士としての原点から現在に至るまでの挑戦の軌跡、そしてITと税理士の関わり方についてお話を伺いました。
これからのキャリアを考える税理士や受験生の皆さまにとって、キャリアの選択肢を広げるヒントが詰まったインタビューです。
槌野 彰
弥生株式会社
Hybrid Solutions BU プロダクト開発部
リーダー/税理士、基本情報技術者、G検定
近畿大学、近畿大学大学院卒業後、税理士事務所にて8年間勤務。その間、働きながら税理士科目3科目に合格し、勤続3年目で税理士資格取得。
2006年より弥生株式会社に入社。弥生会計製品の要求要件定義、設計レビューといったスペシャリスト業務に関わる。2008年からは顧客対応部門で、ナレッジサポートや業務設計、品質管理といった組織の立ち上げとマネジメントに従事。
その後、2019年からは札幌拠点責任者および顧客対応部門の運営リーダーとして大規模な組織運営を牽引し、PMとして全社的な業務改革プロジェクトを推進。
2025年からはデスクトップ製品の事業部において、事業戦略や事業部横断案件を推進。現場の専門知見と経営的視点の両輪で多角的に業務を遂行中。
目次
簿記との出会いから税理士の道へ。税理士試験突破の鍵は”試験勉強”ではなく”実務経験”
── 税理士を目指されたきっかけを教えてください。
槌野氏:きっかけは大学に入ってからです。文系の学部だったので簿記の授業があったのですが、当時の教授が「簿記3級を取ったら単位をあげるよ」とおっしゃったんですね。
それをきっかけに簿記の勉強を始めたのですが、独学ではよくわからず、大学が外部から専門家を呼んで行う授業に参加することにしました。そこで初めてお会いしたのが、税理士の先生だったんです。
── その先生との出会いがターニングポイントになったのですね。
槌野氏:はい。その授業は少し特殊で、出席する生徒の数がだんだん減っていくと、先生がご自身のお仕事の経験や業界の裏話などもしてくださるようになったんです。
勉強の話よりも、そういった実務の面白いお話を伺って、この仕事に興味を持ちました。泥臭い仕事の話を飛ばして面白い部分だけを聞いてしまったので、例えるなら、映画の『インディ・ジョーンズ』を見て考古学を目指すようなものだったかもしれません。

── その後、大学院に進学されてから会計事務所に就職されたそうですが、どのような経緯だったのでしょうか。
槌野氏:大学時代に教えていただいたその先生から、「手段は問わないから早く資格を取りなさい。実務をやった方が仕事は分かるし、試験勉強にしがみつきすぎず、さっさと仕事をしてプロフェッショナルになりなさい」とアドバイスをいただきました。
そこでスピード優先で資格を取るために、大学院で税法を研究して科目免除を受ける選択をしました。就職については、大学の教授の紹介でご縁のあった税理士の先生の事務所で働かせていただくことになりました。
── 働きながら税理士試験にチャレンジされたのですね。実務と勉強の両立はいかがでしたか。
槌野氏:実は、学生時代から税理士試験は受けていましたが、合格できたのは働き出してからです。入社して3年目に税理士資格を取得しました。
「試験のための勉強」をしていた学生時代は、いくら勉強しても本試験で初めて見る問題に対処できず、合格には至りませんでした。でも実務を始めると、学んだことがそのまま通用するわけではなく、初めて見る問題に直面し、解決しなければならないことが多々あります。実務を通じてそういった状況に慣れたこと、そして何より「なぜこの処理をするのか」が腑に落ちて、会計の本質が分かってきたことが大きかったです。
税理士試験への向き合い方は人それぞれですが、私の場合、試験勉強の時間を増やすのではなく、実務を通じて問題への対応力や理解度を深める学び方が合格につながったと実感しています。
20代から始めた税理士のキャリア。”組織の中で働く”経験を求めて弥生へ転職

── 就職3年目の2000年に税理士試験に合格されたと伺いました。その後、弥生に転職された理由は何だったのでしょうか。
槌野氏:20代のうちに税理士の資格を取得し、会計事務所で8年ほど働きました。ひと通りの業務をこなせるようになってきた30代前半の頃、ふと考えたんです。この先何十年もこの仕事をやり続けるのかと。私は少し飽き性なところもあり、税理士の仕事は後からでもできるのだから、今までやってこなかったことをした方が良いのではないかと思うようになりました。
── 「やってこなかったこと」というと、具体的にどのようなことですか。
槌野氏:私は大学院を卒業してそのまま会計事務所という独自の世界に入ったため、一般企業のいわゆる”組織”で働いた経験がありませんでした。
中小企業の経営者の方々にアドバイスをする立場でありながら、自分自身が組織の中にいたことがないのは少しおこがましいのではないかという気持ちがあったんです。一般企業で社会人経験を積むことで、もし将来、税理士として仕事を続けるにしても、説得力が増すのではないかと考えました。
── 転職先として、数ある企業の中から弥生を選んだのはなぜでしょうか。
槌野氏:転職活動を始めると、私のキャリアだと経理の求人が多く紹介されました。しかし、経理ではなく、毛色の違う仕事がしたいと思っていたんです。
そんな時、弥生から「給与計算ソフトの改善のために、現場の業務を知っている人がほしい」という募集がありました。IT系、しかも会計ではなく給与というジャンルは、私にとってひねりの効いた選択肢だと思って応募しました。
未経験のIT業界への挑戦と、マネジメントとしての苦悩と成長
── 会計事務所からIT企業である弥生への転職。入社当初はどのような業務を担当され、どのようなことに苦労されましたか。
槌野氏:入社当初はカスタマーセンターに配属されました。給与計算を担当されているお客様からの問い合わせ対応を通じてユーザーニーズを確認し、給与製品の仕様検討やマニュアル構成などをサポートするのが、最初の業務です。
ITの知識はまったくありませんでしたが、会計や給与計算の実務の観点で「この仕様で使いやすいかどうか」を、ある程度自信をもって判断できたことは、自分のよりどころになっていました。
苦労したというか新鮮だったのは、環境の違いですね。当時の会計事務所はまだ紙ベースでアナログな部分が多かったのですが、弥生では仕事がほぼパソコンだけで完結します。その違いには戸惑いもありました。

── 会計事務所の働き方と弥生の働き方に違いを感じましたか。
槌野氏:会計事務所では、税務会計の専門家として担当業務を自分で完結させることが多く、基本的には個人の責任で仕事を進めていました。
一方、弥生では、チームの中にいろいろな立場の人がいて、それぞれの役割をもって目標に向かって仕事をしている。その違いはすごく新鮮でしたね。
私は組織で働くのが初めてだったので、最初は「これは誰に聞けばいいんだろう?」というところからのスタートでした。コミュニケーションの取り方も含めて、ひとつひとつ関係性を作りながら組織の中で働く感覚を徐々に身につけていきました。
── 2008年以降は、さまざまなチームのマネジメントを経験されていますね。異動はご自身の希望だったのでしょうか。
槌野氏:マネージャーの辞令が出た時、最初はとても悩みました。スペシャリストとして個人で仕事をしてきた人間が、チームをマネジメントする仕事は不得意だと思っていました。うまくできる自信もなく、一度お断りしたこともあります。
しかし「とりあえずやってみないか」と言われ、挑戦してみたものの、最初はやはりうまくいきませんでした。上司に「もう無理だ」と直談判に行ったこともあります。
── そこからどのように乗り越えられたのでしょうか。
槌野氏:上司から「もう少しやってみなさい」と時間をいただきました。そこまで言ってくれるならやってみようと腹をくくり、まず、他のマネージャーに話を聞いたり、本を読んだりしながら試行錯誤していました。ただ、いろいろな人の話を聞くうちに、マネジメントに正解はなくて、それぞれ自分なりのやり方でやっていることに気づいたんです。
最終的に、「自分だったらどうするか」を考えるしかない、と思いました。本に書いてある手法や他のマネージャーのやり方をそのまま当てはめるのではなく、目の前のメンバーや起きていることにしっかり向き合いながら、ひとつずつ実践していった感じです。
もちろん、うまくいかないこともありましたが、メンバーと真摯に向き合えば応えてくれることも実感できて、少しずつ自分なりのマネジメントの形が見えてきました。
弥生で働く面白さと、自由な社風がもたらす可能性
── 現在入社20年目とのことですが、弥生で働き続ける面白さはどこにあると感じていますか。
槌野氏:弥生は業務ソフトウェアの会社なので、税理士としての専門知識が社内のあらゆる場面で活かせることです。法令改正への対応など、製品の仕様に知見を反映できることは大きな強みです。
一方で、マネジメントなど、税理士という専門職に依存しない仕事も経験させてもらえました。もし将来独立することがあったとしても、ここで得た経験は確実に自分の糧になっていると感じます。

── ご自身を「飽き性」とおっしゃっていましたが、異動や役割の変化が、長く働き続けるモチベーションになっているのですね。
槌野氏:そうですね。私自身が飽き性だということもありますが、数年おきに担当するチームや役割が変わってきたことで、会社の中で小さなキャリアチェンジを繰り返しているような感覚があります。
特に2019年、長年勤務していた大阪を離れて、札幌の拠点立ち上げのテコ入れとして赴任したことは、私にとって大きなターニングポイントになりました。”はじめまして”のメンバーとチームを作って、札幌の拠点を軌道に乗せていく仕事は、大変でしたが非常に楽しかったです。
── 弥生の社風や、どのような方が活躍できるか教えてください。
槌野氏:とても自由で風通しが良く、自分の意見を発信しやすい環境です。弥生は老舗なので堅いイメージを持たれがちですが、実際はまったく逆ですね。
約20年前に入社した頃からずっと基本的には私服勤務ですし、「堅いソフトを作るからこそ、中の人間はやわらかくないといけない」と思っています。
指示されたことだけをやりたい人には向かないかもしれませんが、自由を楽しんで自ら考えて動ける人には非常に合っている会社だと思います。
税理士とITの親和性。資格取得はゴールではなくスタート

── 変化の激しい業界ですが、税理士とITスキルの関係についてどのようにお考えですか。
槌野氏:税理士とITは非常に親和性が高いです。昔はITと会計は相反するもの、という感覚がありましたが、今は距離が縮まり、クラウドやAIなどの新しいITツールが身近になっています。
新しいツールを取り入れるのは最初こそ大変かもしれませんが、使いこなせれば確実に業務が楽になり、心に余裕が生まれます。また、AIなどのツールをうまく使っていくことは、自分のためにもお客さまのためにもなります。ITを積極的に活用し、より質の高いサービス提供に活かせる人は、活躍の場がさらに広がっていくと思います。
── 最後に、今後のキャリアを考えている若手税理士や受験生に向けてメッセージをお願いします。
槌野氏:試験に合格することは素晴らしいことであり、一生懸命目指していただきたいのですが、資格取得はゴールではなくスタートです。合格した瞬間に、一夜にして「先生」と呼ばれるようになります。知識は昨日と変わらないのに、周囲からの期待値が上がり、それがプレッシャーになることもあります。だからこそ、期待に応えられるよう一生勉強を続けていかなければなりません。
キャリアについては、100人いれば100通りのキャリアがあって良いと思っています。資格を取ってすぐ開業する道もあれば、私のように事業会社で働く道もあります。
近年、あらゆる職種で先行きの不安がささやかれていますが、周りに踊らされず、「自分が何ができるのか」を考えて進んでいけば、価値を作っていくことができます。資格を活かすも殺すも自分次第、ぜひご自身の道を切り拓いていってほしいと思います。
── 本日は貴重なお話をありがとうございました。

取材・執筆:ライター山崎実由貴
写真:ソネカワアキコ










